ハワイの偉大なサーファー「エディ・アイカウ」― 5 つの伝説とは ―

ハワイにもウインターシーズンが到来しました。この時季になると、ノースショアに大波がたち、腕に覚えのあるサーファーが世界中から集まります。サーフィンのワールドチャンピオンを決める3大大会が開催される11月中旬から12月末までは、迫力あるビッグウェーブと華麗なサーフィンを見に行く人たちでノースへの道は大渋滞。そしてこの季節、ハワイでは「エディ」という名をよく耳にするのです! 

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ハワイでその名を知らぬ人はいないといわれているエディ・アイカウ。彼はいったいどんな人だったのでしょう? ノースのビッグウェーブとどんな関係があるのでしょうか?
 伝説のエディ・アイカウに迫ります。

★伝説その1
すべての波を制覇したビッグウェーバー

ノースに波がたつと、サーファーたちはそわそわし、波情報をチェックしては、早朝からビーチへ繰り出します。そんなサーファーたちにとって永遠のヒーローといえば、サーフィンを世界に広め、オリンピックでも活躍したデューク・カハナモクとエディ・アイカウの2人。
ビッグウェーブ・サーファーだったエディ・アイカウは、大きな波を得意とし、時には40フィート(約12メートル)もの波にも恐れずにトライしたといわれています。ビルの3階に相当する高さの大波に果敢に挑む姿は、優雅ですらあったとか。
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1970年、サンセットビーチでのエディ。出典:Eddie Aikau Foundation

弟のソロモンやクライドとともに波乗りを楽しむ彼は、ライフガードに任命された1967年から、運命のホクレア号に乗り込むまでの1978年まで、ノースショアのすべてのビッグウェーブを制覇したツワモノだったのです。
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アイカウ・ファミリー。前列左から、マイラ、クライド、エディ、後列左からソロモン、パパ、ママ、フレッド。出典:Eddie Aikau Foundation

★伝説その2
すべての人命を救ったライフガード

1967年、エディはワイメアベイの初代ライフガードに任命されました。危険な大波の中から、命知らずの何百人というサーファーたちの命を救ったといいます。1969年には弟のクライドも同じくライフガードとなり、2人はその後10年間にわたり、愛するワイメアベイでライフガードを務めました。驚くべきことに、その間、海で死亡した人はゼロ!
 ジェットスキーもない時代に、足ひれとボード、そして海を愛する心だけで海の安全を守り続けたのです。

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1971年、ライフガード・タワーでのエディ。出典:Eddie Aikau Foundation

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現在のワイメアベイ

★伝説その3
ホクレア号の悲劇

ハワイのアイデンティティーの象徴ともいわれるホクレア号は、近代的な機器や装備を使うことなく、月や星の位置、自然から受けとれるさまざまな情報を読み取りながら、船を目的地へと導くポリネシア伝統の航海術を駆使するカヌー船。/

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1978年3月16日、タヒチへの出港準備をするクルー。出典:Eddie Aikau Foundation

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ホクレア号。出典:ハワイ州観光局

1978年3月、タヒチへ向かう2度目の航海へと旅立つホクレア号の中に、クルーとして乗り込んだエディの姿がありました。出港した6時間後、嵐に見舞われて、船は転覆してしまいます。クルー全員が海に投げ出され、なんとかカヌーにしがみついたまま、救助を待ちます。「このままでは全員死んでしまう。俺が助けを呼んでくる!」。ライフガードとしての本能と使命感がエディを突き動かし、一人で救助要請に向かうことを決意するのです。当初、船長は反対しますが、エディの強い意志に一縷の希望を託すことに……。エディはサーフボードを抱えると、荒れ狂う波間に飛び出しました。
漂流していたクルーたちは、民間機によって奇跡的に発見され、全員が救助されました。懸命の捜索にも関わらず、エディを発見することはできませんでした……。
現在、ホクレア号には、彼の名前とヨハネの福音書からの一節「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」と書かれたプレートが掲げられています。

 

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ホクレア号に掲げられているメモリアル・プレート。Photo by Waka moana

★伝説その4
Eddie Would Go!

危険を恐れないその勇気ある行動は、今もなお語り継がれ、そこからエディの生き方を称えた有名な「Eddie would go」(エディなら行くぜ)というフレーズが生まれました。サーフィンのみならず、何かに迷ったとき、困難を前にしたとき、ハワイアンの人々は「エディならきっとやるよ」と、励ますようにこの言葉を口にします。このフレーズはバンパーステッカーとしても人気で、運転中に見かける率高し!
 仲間のために自らの命を犠牲にしたエディの精神は、まさにアロハスピリット。彼を真のヒーローとして尊敬するネイティブハワイアンが多いのも頷けます。

エディの伝記『Eddie would go』。著者はスチュアート・ホームズ・コールマン

★伝説その5
ザ・エディ

冬の季節になると、ノースショア界隈でささやかれ始める言葉が「ザ・エディ」。1984年にエディの生前の功績を称えるメモリアルイベント「クイックシルバー・イン・メモリー・オブ・エディ・アイカウ」(略してザ・エディ)が設立され、第1回がサンセットビーチで、2回目以降はワイメアベイで開催されています。この大会は、ワイメアベイに20フィート以上の波が来たときに行われる1日だけのサーフィンイベントで、しかも「コンディションのよい波」という条件つき。実際には過去30年間で8回しか開催されたことがない、超まぼろし級の大会なのです。だから大波予報が出るたびに、関係者は「今年こそ?」とそわそわ。もちろん出場招待選手も補欠選手も、開催期間の2月末まではじっと我慢の子で、その日が来るのを待つのです。ノースの大波の前で、人々はエディを思い、「エディなら行くぜ」とつぶやく……。

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参加選手のサインが書かれたエディのオリジナルポスター(左)。

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部屋に飾られているエディの写真(右)

ワイメアビーチパークには、エディを称える記念碑があります。そこには「偉大な男であり、偉大なハワイアンだった。私たちの心の中で永遠に生き続ける」と刻まれています。
世界最大の波に乗ったサーファーとして、仲間を救うために命を捧げたヒーローとして、いつまでも人々の心に生き続けるエディ・アイカウ。伝説になったヒーローは、いつ見てもメチャクチャにカッコいいですね♥

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ワイメアビーチパークにあるエディを称える記念碑

さて、幻のサーフィンイベント「ザ・エディ」のオープニングセレモニーに向けて、毎年その準備のためにエディのファミリーが集まります。光栄なことに、ワイワイ ハワイはその日の取材を許可していただきました。Part2でお伝えします。

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